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【パチンコ】この特許を取っていたら、今頃どこかの国家予算くらい稼いでいたかもしれない

【パチンコ】この特許を取っていたら、今頃どこかの国家予算くらい稼いでいたかもしれない

あのメーカーは今!?④ まさむら遊機

はじめに

虚心坦懐の「あのメーカーは今!?」、第4回。


現代パチンコの生みの親と言われる正村ゲージを開発した正村竹一が起業した正村商会。そして、その正村商会の流れを汲む、名機マジカルチェイサー3などのヒット機種を産み出したまさむら遊機

今回は、パチンコの歴史を語る上で避けて通れないこのメーカーが現在どうなってしまったのかについてお話していきたいと思います。

パチンコは戦前からありました

元々ぱちんこの源流にあたるゲームは大正時代には日本にあり(欧米から入ってきたコリントゲーム)、縁日などで親しまれてきました。これが縦型になりパチンコ台として進化して、1930年には名古屋市で日本初となるパチンコ店第1号が正式な許可のもと誕生。

当時ガラス商を営んでいた正村竹一(のちに正村商会を創業)は、パチンコ台用のガラス板の納品をきっかけにパチンコ事業に参入し、1936年、「スピード野球ボール」というパチンコ店をオープンさせました。

その後、日本は先の大戦に突入し、パチンコは製造、営業共に禁止となりますが、終戦後の1946年、正村は新たにパチンコ店「浄心遊技場」を開店。

正村ゲージと特許

1948年、正村は従来の玉の動きが単調だったパチンコの娯楽性を高めるために、それまで等間隔に打ち込まれていた盤面の釘配列を改良した正村ゲージを考案しました。この正村ゲージを採用した「オール10」「オール15」などが特大ヒット!毎朝、店の前に長蛇の行列ができていたそうです。

正村ゲージ以前のパチンコ
正村ゲージ以前のパチンコ
正村ゲージのパチンコ
正村ゲージのパチンコ

正村ゲージでは釘の本数を大幅に減らし、釘の配置からデザインすることで躍動感のある玉の動きを実現することに成功しました。現在のパチンコでも盤面を構成している「天釘、ヨロイ、ハカマ」といった型は、まさに正村ゲージがベースになっています。

また、正村が現代パチンコの生みの親と言われるのには理由がありました。それは、この正村ゲージという発明で特許を取得しなかったのです。この魅力にあふれた画期的なゲージの特許を正村が取得しなかった理由については諸説ありますが、「パチンコ普及のために取得しなかった」というのが定説になっています。漢気ありすぎ! もし特許取っていたら、正村はそれだけで莫大過ぎる富を得ていたこと確定です。桁は何ケタ"億"?……それとも!?

いずれにせよ、多くのメーカーがこのデザインを真似し、ヒット機を量産。結果的にパチンコ産業の発展に大きく寄与しました。

正村商会はどうなった?

正村はピーク時、パチンコ台を月産23万台製造していたそうです。しかし、1965年頃にパチンコ台の製造から撤退。以降はホール事業とホテル事業中心の会社になりました。つまり、正村商会はガラス商→ホール経営→パチンコメーカー→ホール&ガソリンスタンド&ホテル経営と転生を繰り返していく流れとなります。

その経営も、時が流れるにつれ大手との競争激化で業績は悪化。正村商会は2010年をもって自己破産を申請し、その事業の歴史に幕を下ろしました。

まさむら遊機はどうなった?

時は少し戻って1983年、正村商会の工場長だった伊藤寿夫が「まさむら」の名を譲り受け設立したのがまさむら遊機です。

まさむら遊機は、縦型ドットを採用した「マスタークライム2」、ドット周囲のランプの動きで確変が判断できた変則権利モノ「アレックス」、次回まで時短を搭載し大ヒットした「マジカルチェイサー3」、業界初のホラー系パチンコだった「CRホラーマンション」などを次々と発表。

その後は京楽産業と業務提携し、のちに京楽傘下に入ることになります。新機種開発なども行っていましたが、2011年、まさむら遊機は「株式会社オッケー.」に商号変更し、京楽産業.のグループ企業として現在に至ります。

因みに、現社名のOK!!は「Out of KYORAKU」の頭文字から付けられたそう。……脱・京楽!!みたいなこと?

ともあれ、かつての「正村商会」「まさむら遊機」は現在の「OK!!」だったんですね。

まとめ

まさむら遊機の「マジカルチェイサー3」は、虚心の打ってきたパチンコの中で、現金機デジパチとしては最もよく稼働した機種。主人公の顔が液晶四隅でフラッシュする予告などは、秀逸でした。是非、OK!!さんには遊びやすい後継機を作ってもらいたいものです。

マジカルチェイサー3
マジカルチェイサー3(まさむら遊機|1996年)

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