※過去の「栄光なき名機たち」記事
チワッス、あしのです!
パチスロ界に燦然と輝く名機たちの傍らでひっそりと咲く佳作を紹介するこちらの企画、今回は2007年の1月に稼働開始したSANKYOさんの「バトルリーガーX」について。
5号機時代は今振り返るとなかなか自由だった気がしちゃうのですがそれは開発者さんの努力の賜物であって、特に最初は4号機に比べ色々と制限がきつかったのは間違いありません。
メーカーさんもその状況にただ甘んじてたわけではなく「何が出来るか」「受け入れられるか」「ヒットするか」を模索しまくって遊技性の幅を広げていったわけで、その試みはおおむね市場のフィードバックを見ながら進んでいきました。
そういう意味では各メーカーとも本格的に色々やり始めたのは5号機が発売されて半年以上経った2006年からであり、実際そのへんで機種の発売数が激増、ただボーナスのケツにちょびっとRTがついてるだけの機種じゃない独創的な機能を持ったやつも増え、5号機はにわかにカンブリア大爆発のごとき様相を呈することになりました。
令和の世に立って振り返ると、この辺ですでに後世に影響を与えたというか、その後の5号機の方向性を決定づけた機種も沢山でてます。
有名なのは「ボンバーマンビクトリー」とか「ジャックと豆の木」とかなんですけど、いずれもメインボーナスを当てねぇとなんも始まらない仕様だったものから一歩進み、いわゆる「周期抽選」的な要素を初めて採用したのが今作「バトルリーガーX」だったんじゃないかと俺は思ってます(スカイラブよりコイツのがちょっと登場が早かった)。
SANKYO/5号機/2007年
どんな台だったか?
この機種最大の特徴は「無限RT」を搭載していたこととその突入フロー。
無限RTというアイデア自体はロデオの「ど根性ガエルS」でひっそりと登場してますがこれは有限ゲーム数のRT中に特リプを引くことでゲーム数をへと格上げするという仕組みで、これ自体は5号機のARTシステムにつながる発明だったりします。
要はボーナス後に「普通のリプレイの確率はかわらず、特殊なリプレイの成立確率が上がった状態の有限ゲーム数のRT」に入り、そこで「特殊なリプレイ」を引ければ無限RTに突入するよ、というもの。
外から見るとボーナス後のRTはRTには見えないので、これは「CZ(チャンスゾーン)を搭載した初の5号機」としても語られることがあります。
んでこの「ど根性ガエルS」のCZが通常時に周期的に入るようになったのが「バトルリーガーX」だったと考えればOK。
めちゃくちゃザックリしてて申し訳ないのですが、要は「普通の状態」もRT状態にしてゲーム数で切り、別のRT状態へと移行するようにしてると、そんな感じです。
実際は内部的にはもうちょっと複雑なんですけど、これが外からみると105ゲームor197ゲームごとに無限RTの抽選状態に入るみたい見えますし、また無限RT(ボーナスで終了するヤツのことね)中に当たったボーナス後も当然CZからスタートするため、通常時から無限RTのループが狙えるという、なかなか夢があるっちゃある仕様だったんですな。
なぜウケなかったのか分からん
これ、個人的にはなかなか好きでしたしパチスロライターさんのなかでもこれを名機とする人が結構いるんですが、残念ながら世間ではあんまりウケず。
理由は色々あると思うんですが、やっぱ一番の問題は「システムが分かりづらかった」というのがあると思います。
多分4号機のATやサイレントストック機みたいな「ガセ前兆」を再現するためだと思うのですがRTの状態と画面が正確にはリンクしておらず、ちゃんとアツく打とうとするなら前回RT転落時の出目確認からのゲームカウントが必須であり、転落契機ごとの規定ゲーム数である105ゲームor197ゲームという絶妙に覚えづらい数字も、「周期ハイエナは絶対許しません」みたいな意思が透けててちょっと厄介な感じがしたのも事実。
これによりライト層からすると「よくわからない機種」になり、中級者以上からは「めんどくさい機種」として認識されてたように思います。
もちろんメーカーとしてもそこのイメージを払拭するため萌えに寄ったキャラを出したりアツい歌を付けたりしてとっつきやすくはしてたんですけど、まあ俺が行くホールでは3日くらいでスコーンとお客が飛んでました。
これ思うんですけど、ちょっと出すのが早かったんですよね。じゃあいつが良かったんだといっても分からないんですが、少なくともこのタイミングじゃなかったと思います。
下手したら2008年くらいに出した方がまだ良かったかも知れない。
2007年のこの時期に積極的に5号機を打つ層というのは多分「スパイダーマン2」とか「エヴァンゲリオン~まごころを、君に~」とかを中心に打ってたと思うんですよ。
それ以外の人はまだギリ4号機を打ってたわけで、そういう人がフラッとこの機種に着座して「おもしれぇ!」ってなるかと言ったら多分ならなず、「なんじゃこの分かりづらい機種は」ってなって二度と座らずに終わっちゃう。
この時期の5号機で最重要だったのは多分「わかりやすさ」であり、そういう意味ではこの機種はかなり不遇な扱いを受けちゃった機種かなと思います。
2007年も8月とかになると、「戦国無双」みたいな面倒な台も普通に流行り始めますし、タイミングがちと早かったなぁコレ…。